MENU

優しい人が静かに疲れる理由と、気づかれない心の消耗サイン

  • URLをコピーしました!
目次

頼まれやすい人だけが抱える見えない損と心がすり減る瞬間

朝7時40分。コンビニの前の自転車が濡れていて、冬ってこんなに静かに人を疲れさせるんだっけ、と思った。出勤前の駅までの道は、決まって「急いでるふり」をする人が多い。私もその一人で、イヤホンの音量をほんの少し上げて、世界との距離を調整する。

改札前で、スーツの袖を少し引っ張られている人がいた。小さな子が、母親のコートの端っこを握って動けなくなっている。私は一瞬立ち止まって、邪魔にならないように端へ寄りながら、子どもが転ばないようにだけ目で追った。たぶん、誰でもする程度のこと。でも、その「たぶん、誰でもする」に自分を乗せないと、私はすぐに胸がざわつく。見て見ぬふりをしたら、私の一日が全部そこから崩れそうな気がするから。

そして、会社で「今日、これもお願いできる?」が来た。

誰かの代わりに入る作業。期限は今日。内容はややこしくない、けど地味に時間を食うやつ。頼まれた瞬間、返事の前に口角が上がってしまった。反射だと思う。断る言葉が喉の奥に引っかかったまま、先に「大丈夫です」が出る。そういう癖がある、と自分でわかっているのに、止まらない。

頼んできた人は悪気がない。むしろ、私に頼む時の表情は柔らかい。だから余計に、断ると私だけが悪役になる気がする。優しい人ほど損をする社会って、たぶんこういうところから始まる。損って、お金や評価の話だけじゃなくて、「自分の時間が溶ける」みたいな、誰にも説明できない損。

昼休み、机に突っ伏して、みそ汁のカップのフタを指でいじっていた。私の中で何かが小さく鳴っているのに、音の正体がわからない。嫌だと言いたいわけでもない。助けたい気持ちは本物。だけど、助けたあとに残る、あの微妙な空洞が苦手だ。達成感じゃなくて、空洞。褒められても埋まらないやつ。

◆>>歯石取り、着色落し、口臭ケアなど目的に応じた施術を2,500円からというお手頃な料金で提供 スターホワイトニングクリーニング

優しさは“通貨”じゃないのに、いつも支払ってしまう

「優しい人ほど損をする」の“損”って、たぶん、周りからは見えにくい。数字にしづらいし、被害者っぽい言い方をすると、どこかで自分の浅さがバレる気もする。「自分で引き受けたんでしょ」と言われたら、それはその通りだから。

ただ、最近読んだ話で、協調的(いわゆる“感じがいい”)な特性が、賃金や評価の場面で不利に働くことがある、という指摘があった。特に女性ではその関係が見えやすい、という報告もあるらしい。
もちろん、それが私の今日の「大丈夫です」と直結するわけじゃない。けど、「優しくしてるのに、なぜか報われない感じ」が気のせいだけではないのかもしれない、と少しだけ肩の力が抜けた。

逆に、交渉の研究では、協調性が高い人は“お互い得する着地点”を見つけるのが得意、という話もある。
だから、優しさが一概に弱さでもない。場によっては強さになる。ただ、その“場”が、いつもこちらの都合で選べないのが厄介だ。

私が今日引き受けた仕事も、きっと全体としては助かる。チームとしては前に進む。なのに、私の中の何かだけが置き去りになる。置き去りになるのはたぶん、私の「本当は、今日は自分のタスクに集中したかった」という、小さすぎて言いにくい希望だ。

希望って、言った瞬間にわがままに見える。特に、誰かが困っている時は。だから私は希望をしまい込んで、「役に立つ私」を前に出す。役に立つと、場が丸く収まる。丸く収まると、誰も傷つかない。そう信じている。でも、たぶん傷ついている人がいる。私だけが、見えるところに傷を出していないだけで。

◆>>MILCLEAR WASH(ミルクリアウォッシュ)ホワイトニング・口臭予防のマウスウォッシュ

“優しい”の中には、逃げたい気持ちも混ざっている

午後、頼まれた作業を終えてデータを送ったら、「助かった!」と返ってきた。スタンプ付き。ふつうなら嬉しい。私も「よかったです!」と返した。そこで終わり、のはずだった。

なのに、帰りのエレベーターでふいに思った。「助かったのは、あの人だけじゃないかも」って。
断らなかったことで、私は嫌われずに済んだ。空気を悪くせずに済んだ。ややこしい説明をしなくて済んだ。つまり私は、“優しさ”の形を借りて、対立から逃げたのかもしれない。そう思うと、優しい人ほど損をする、の前に、優しい人ほど“揉めない”という得を選んでいる可能性もある。得か損かが、すぐに裏返る。

じゃあ、どうしたらいいんだろう。
断る練習? 境界線? 自己主張?
そういう言葉は、正しい顔をして並んでいる。でも今日の私には、そこまでの“正しさ”を使う体力がなかった。冬の乾燥みたいに、気づかないうちに削られているところがあって、そこを守るのに精一杯だった。

優しさを使いすぎると燃え尽きやすい、という話もある。特に支援の現場では、共感疲労や燃え尽きが問題になっているらしい。
私は医療や福祉の仕事じゃないけれど、たぶん構造は似ている。誰かの不足を、自分の余白で埋め続けると、余白がなくなる。余白がなくなると、優しさはただの反射になる。反射になった優しさは、たぶん、相手にも自分にも丁寧じゃない。

夜、部屋に帰って、コートを椅子にかけたままぼーっとしていた。お湯を沸かす音がして、やっと「私は疲れてる」と思えた。誰にも言わなかった感情って、こういう形で出てくる。怒りでも悲しみでもなく、ただ、遅れてくる疲れ。

“優しい”って、たぶん、性格じゃなくて技術なのかもしれない。場に合わせて、相手を見て、自分を少し削る技術。だから上手い人ほど、削り方も上手くて、周りは気づかない。気づかないまま、もっと頼む。もっと頼まれて、また上手く削る。そうして、上手に損をする。

私は今日も、うまくいかなかったことを大きくできないまま、布団に入る。明日、同じ「お願いできる?」が来たら、私はまた笑ってしまうだろうか。それとも、笑う前に一呼吸置けるだろうか。

答えは出ない。ただ、優しさを“支払う”前に、これは寄付なのか、それとも自動引き落としなのか、たまに確認したい。

そういう確認ができる人は、きっともう、少しだけ自分にも優しい。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
目次