コーヒーが冷める理由は忙しさじゃなかった、夜に余裕がなくなる心の正体
21時を少し過ぎたころ、シンクの横に置きっぱなしだったマグカップを持ち上げたら、もうぬるいを通り越して、すこし寂しい温度になっていた。
帰宅してからコーヒーを淹れるまでの流れは、わりと好きなはずなのに、最近はその先が雑だ。お湯を落として、いい匂いがして、最初のひと口まではちゃんと嬉しいのに、そのあとスマホを見たり、脱ぎっぱなしのニットを拾ったり、乾ききっていない洗濯物を裏返したりしているうちに、気づけば湯気が消えている。
外はまだ少し寒くて、換気扇の音だけが部屋の上のほうでまわっていて、机には開きっぱなしのノートと、返していないLINEと、なんとなく見たくもないSNSの画面。コーヒーの香りだけが最初の数分で仕事を終えて、そのあと置いていかれたみたいに薄くなる。
冷めたコーヒーって、味が落ちたというより、タイミングを逃した味がする。
その感じが、わりと今の自分に似ているなと思ってしまって、ちょっと嫌だった。
べつに忙しすぎるわけじゃない。倒れそうなくらい働いているわけでもないし、寝る時間が一切ないわけでもない。それなのに、ちゃんと温かいうちに飲める日が減った。たぶん、手が離せないというより、気持ちが落ち着いていないんだと思う。
昔は、コーヒーを淹れたらその場に座って、テレビもつけずにぼんやり飲めていた気がする。学生のころでも、社会人になりたてのころでも、もっと余裕がなかった日はあったはずなのに、そのころのほうが一杯を一杯として飲んでいた。
今は、一口飲んだあとに立ち上がってしまう。返信しなきゃいけないものがある気がして、確認しなくていい通知まで見てしまう。誰も急かしていないのに、ひとりで勝手に、次、次、と気持ちだけ前に送ってしまう。
集中が切れたり、気がそれたりするのは、注意が別のものへ離れていくときに起きやすいらしい。ぼんやり考えごとをしている時間や、別の刺激に引っ張られる時間は、本人が思うより日常の中に入りこんでいるという話もあって、なんだか笑えなかった。冷めたコーヒーが増えるのも、単純に家事のせいだけじゃないのかもしれない。頭の中がずっと半分どこかに行っている、あの感じ。
しかも、ぬるくなったコーヒーって、熱いうちより味の輪郭が変に目立つ。苦みだけが残るというか、やさしかったはずの香りが急に現実的になる。
味覚は温度でも感じ方が変わるらしくて、温度が下がるとおいしさの印象までずれることがあるらしい。だから私は、冷めたコーヒーそのものにがっかりしているというより、いちばんおいしい瞬間を自分で逃したことに、地味に落ち込んでいるのかもしれない。
こういうことを考えはじめると、自分へのツッコミが止まらない。たかがコーヒーで重くなりすぎ、とは思う。でも、たかがコーヒーだから、よけいにごまかせない日もある。
仕事でミスしたとか、恋愛でなにかあったとか、そういうわかりやすい出来事じゃないぶん、説明もしづらい。ただ、気づいたら冷めていた。その事実だけが妙に静かで、逃げ道がない。
この前も、インスタで見た知らない人の部屋がきれいすぎて、白い机の上に湯気の立つマグが置いてあって、ああいうのを見ると、ちゃんと暮らしている人ってこうなんだろうな、みたいな気持ちになる。いや、写真なんだから都合のいい一瞬を切り取ってるだけだってわかってる。
わかってるけど、こっちはマグの横にヘアゴムと未開封のコンタクトとレシートが散らばっていて、そのうえコーヒーまで冷めている。
比較する土俵が違いすぎて、逆に清々しいのに、それでも少しだけ刺さる。こういう小さな嫉妬って、たいてい誰にも言わないまま流すから、あとから部屋のすみに沈殿していく。
今日もうまくいかなかったことを数えるほどではない日ほど、冷めたコーヒーは増える気がする。大きく転んだわけじゃない。会議で怒られたわけでも、彼氏と別れたわけでも、残高がゼロになったわけでもない。
ただ、昼休みに送ったメッセージの返事が想像より淡白だったとか、鏡を見たときに顔がなんだか疲れて見えたとか、帰り道で春物の服がかわいかったのに値札を見て見なかったことにしたとか、そのくらいの、声に出すほどじゃないことが積もる。そういう日は、たぶん何かをちゃんと味わう力から先に鈍っていく。
コーヒーを飲む、というすごく簡単なことさえ途中で放ってしまうのは、生活が雑になったからなんだろうか。
それとも、気持ちの置き場が増えすぎたんだろうか。
ひとつのことだけしていると、不安が追いついてくる夜がある。飲んでいるあいだ何も見ないでいると、将来のこととか、お金のこととか、年齢のこととか、急に順番待ちしていたみたいに頭の前に並ぶ。
だからスマホを見る。洗いものをする。通販アプリを開く。閉じる。冷蔵庫を開けて、別に食べたいものもないのに中を確認する。そうやって小さく逃げているあいだに、コーヒーだけが冷めていく。
なんだか、大人になるって、もっと自然に落ち着くことだと思っていた。
温かいものを温かいうちに飲んで、眠くなったら寝て、必要な人には必要な言葉を返して、余計な比較をしないで済むようになるのかと思っていた。
でも実際は、部屋の中でひとりなのに気が散って、どうでもいい投稿に少し傷ついて、返事を考えすぎて既読のままにして、冷めたコーヒーを口に入れてから、あ、これもうおいしくないな、とちゃんと確認してしまう。
これって、私だけなんだろうか。
マグカップの中の温度も保てない夜に、人生の温度管理みたいなことまで求められても困る、と思う。
でも、そういう雑な本音のほうが、案外ほんものだったりする。
たぶん私は、コーヒーが冷めたことにしょんぼりしているんじゃなくて、冷めるまで気づけなかった自分に、少しだけ置いていかれた気持ちになっている。
ちゃんと休みたいとか、ちゃんと誰かに甘えたいとか、ほんとは返信を待っていたとか、そういう小さい感情を、気づかないふりのまま机の上に置いていたのかもしれない。
いま飲んでいるこのぬるい一口も、別にまずくて飲めないわけじゃない。
ただ、最初にほしかったものとは、もう少し違うだけで。
窓の外を見たら、向かいの部屋もまだ明かりがついていた。
今日はそれだけで、少し救われた気がした。
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